名古屋高等裁判所 昭和31年(う)388号 判決
強盗殺人罪に対する法定刑は死刑又は無期懲役の二者しか存在しないこと刑法第二百四十条後段の規定により明かであるが、具体的事件に於てその何れを選択すべきかは個々の事件に於ける犯罪の情状によるべきものであつて、その情状は犯行の動機、被告人の性格及び生活環境、犯行の計画性の有無、犯行の経過並に方法、被告人の犯行後に於ける心情、犯行により被害者並に社会に与えた影響その他諸般の事情を考慮して決定すべきものである。
今、本件について、以上の諸点を、検察官並に弁護人の所論に論及しつつ、以下に考察する。
(イ)、犯行の動機について。 原審に於て取り調べた証拠によれば、被告人は予て情交関係のあつた愛人柴田みち江に誘われるままに、無断家出して名古屋市に来り、同市内のアパートの一室を借りて同棲生活を始めたのであるが、固より被告人は無職無収のため、間もなくアパートの賃料の支払にも窮するに至つたので、金品強奪を企て本件犯行をなしたものであることが認められる。即ち、本件犯行は被告人が無計画に家出して愛人と同棲生活を始め、生活費に窮するに至つた結果、金品強奪の目的を以つてなしたものであり、その犯行の動機の点については何等同情すべきものはない。
原判決は、本件犯行の遠因として被告人の生活環境の外に、柴田みち江は被告人との同棲中、アルバイトサロンに働き、相当の収入を得たにも拘らず、家計面に於て協力することがなかつたと認定し、柴田の家計面における協力があれば本件犯行は発生しなかつたかもしれぬと推定し、本件犯行の一半の責任は柴田にあるが如く判示するが、原審に於ける証人柴田みち江の供述によれば、被告人は柴田との同棲中無為徒食していたに反し、柴田はアルバイトサロンに働きに出て、五千余円の収入を得たが、その一部は共同の生活費及び被告人の飲酒代金の支払に当てたことが認められるから、柴田が被告人との共同生活に非協力であつた事実を認め難いのみならず、当時柴田の所持金を以つてしてはアパートの賃料を支払うに足らなかつたものと認められるので、原判決判示の如き推定をなすことはできない。従つて、原判決が本件犯行の生じた遠因として責任の一半を柴田に負わしめて、之を以つて被告人の刑の量定上酌量すべき一事情となしたのは全く失当と言うべきである。
(ロ)、被告人の生活環境について。 人の行為、別して犯罪行為はその者の生育して来た周囲の生活環境にある程度支配されて発生するに至るものであることは否定することのできないところである。今原審に於て取り調べた証拠に基き、被告人の生活環境を見ると、被告人の父母は特殊飲食店を営んでいるものであるから、かかる営業が被告人の性格を形作くる上に非常に悪い影響を与えたことは明かであり、なお被告人は幼時より父及び祖父より余り愛情をかけられず、厳しい躾を受け、殴られたり蹴られたりして成育した上、被告人の父母の仲は以前から甚だ悪く、そのため一時離婚して別居していた程で、喧嘩口論の絶間のなかつた状態であり、此の様な生活環境は被告人の性格形成に悪い影響を及ぼし、その性格も亦一因となつて被告人を駈つて犯行に至らしめたものと考えられる。かくの如き、本人の責に帰すべからざる生活環境によりある程度必然的に形成された事情は刑の量定につき考慮せらるべきものである。
(ハ)、被告人の性格について。 原審に於て取り調べた証拠によると、被告人は生来柔和温順で、寧ろ意気地のない方であり、父母に逆つたり、友人と喧嘩したようなことは一度もなく、弟妹をよくいたわつていたことが認められ、その従前の行動、性格からすれば本件の如き残忍な殺人行為を敢行するが如きことは理解し難いところであるが、之は村松鑑定人作成の鑑定書によれば、幼時よりの意思薄弱に加えて十六歳当時窃盗事件にて高等学校を退学せしめられたことにより将来の希望を失い、自暴自棄となり、欲動、不安態動に対する自己制禦力を失い、異常状態に発展したものと見られるけれども、矢張本件に於ける被告人の行為そのものから観察し、その性格の中には強暴性の存在することを否定することはできない(右の如く、被告人の本件犯行の手段方法そのものが被告人の残忍性乃至強暴性の現れと見るべきであつて、此の点について、原判決が被告人の全性格を通じ、強暴乃至残忍な点は微塵も窺うことができないと判示したのは全く見当違いの誤つた見解であると言わねばならない)。然しながら、被告人の今後の生活環境の変化と心神の修練によつてはその異常状態の発露を防ぐことが必ずしも不能ではなく、通常人として生活を営むことも可能と考えられる。
(ニ)、犯行の計画性について。 被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書によれば、被告人は前記の通り金銭に窮したため、所持の鎧通しを示して脅かした上金品を強取しようと決意し、その行先を彼之考えた末、以前に化粧品の外交に行つたことのある本件被害者方が夫婦二人切りであり、殊に日中は被害者が唯一人居るのみで、同人に顔も知られていないだろうし、同人方が富有そうであつたので、同家を恰好なものとして之を襲うことを決めたものであることが認められる。かくの如く、鎧通しを使用して相手方を脅かして金品を強取すると言う考えの下に、その資産状態、家族数、面識の程度等の条件を綿密に考慮してなしたものであつて、金品強取の点についてはその犯行は全く計画的であつたと言うべきであるが殺害の点については、被告人が被害者方で金品を物色中被害者が逃走せんとしたので、突嗟に犯罪の発覚を恐れて殺害するの意思を生じ、所携の鎧通しを以つて突き刺したものであると認められる。従つて、殺人の点については予めその意思を以つて被害者方に行つたものではなく、単にその場に於て偶発的に生じたものと認むべきものであるから、此の事情も量刑上参酌せられるべきものである。
(ホ)、殺害の経過並に方法について。 被告人の前記供述調書によれば、被告人は被害者方に到着してから、被害者一人しか居ないこと、同人が被告人の顔を見覚えていないことを確めた後、所携の鎧通しを抜いて被害者につき付け、その口を押えて「静かにしろ。声を出すな」と脅かしつゝ、靴を脱いで室内に上り、勝手場で財布を出させて之を奪い、更に四畳半の間で女持腕時計を取つたり、外から見えないようにカーテンを引いたりする中、被害者が逃げ出したので、後から鎧通しで胸を一回突き刺し、声を立てさせぬように被害者の口の中にタオルを押し込み、更にタオルでその上から猿ぐつわをかけ、後頭部でこま結びにして、被害者の両手を前に合わせて縛つた後、物色のため六畳の間に行き、洋服箪笥から洋服類を出して畳の上に積み、再び被害者の所へ行き、先にした猿ぐつわを締め直し、両手を後手に縛り直し、足首を縛り合わせて、此の両手と両足首とを紐で結んで硝子戸にもたせかけ、更に血のついたズボンをはき換え、畳の上に出した洋服類をまとめてから、自分の靴についた血を洗い落し、之を土間に置いた時、被害者がもがいたために、硝子戸が、がたがた鳴つたので、座布団を被害者の頭にかぶせ、その両端に両膝をついて、被害者の胸の辺を三回位突き刺したことが認められる。之によれば、その犯行は洵に大胆であつて、無感動に且つ躊躇なく行われたものであり、その方法は、甚しく残忍なものと言わねばならない。此の点に於ては何等情状酌量の余地はないものと言うの外はない。原判決は、情状酌量の点として、「被告人は被害者の胸部や脚部の露出するのを気にするのを見るや、之を蔽つてやり、被害者を板の間に両膝立ちに膝まづかせるに当つては、特に布団を持つて来て、膝の下に敷いてやり、最後に突き殺す際には、同女の苦悶する表情を見るに忍びないで、顔の上に座布団を被せる等思いやり深い行為をした」と判示しているが、此の様な見解は、被告人の前記一連の行動の中における片々たる二、三の行為の外形に捉われ、全行動を通ずる洞察を欠いたところの全く誤つた観察と言うべきものであつて、かくの如き被告人の二、三の行為を以つて、殺害の経過方法に於ける残忍性を否定するに足りない。
(ヘ)、犯罪後の心情について。 本件記録によれば、被告人は原審公判廷に於て「何も言うことはない。どんな刑でも喜んで服する」と述べているに止まり、原判決は「被告人は犯した罪の重大さに日夜戦き、その責任の万死に値するものであることを悟得し、ただ偏に被害者の冥福を祈り」と判示しているが、全記録を精査しても被告人が右の如き心境にあることを認め難く、又当審における被告人の無感動な態度に徴するも、右原判決判示の如きことを到底推認することもできない。むしろ、被告人の心境は村松鑑定人の鑑定書記載の如く、被告人は言葉の上では死刑になつても当然と言い乍ら、之についての切実な自己の現実として対面する苦悩を示すこともなく、却て現実否定的な虚無的な諦観状態にあるものと認められる。固より、被告人に改悛の情の存することを全く否定すべきものではないが、原判決が認定するが如く、顕著なものがあるとは到底認められないところである。
(ト) 被害者の家族及び一般社会に及ぼした影響について。 当審証人藤井英夫の供述によれば、被害者の夫藤井英夫は日新通商株式会社取締役の地位にあつて相当豊かな資産収入を有し、被害者とは二十数年間至極円満な夫婦生活を営んで来たものであるが、今や老境に入らんとし、相いたわり平穏な余生を送らんことを望んでいたところ、計らずも被告人の本件犯行により好伴侶を喪つたために、精神的に非常な打撃を受け、その悲嘆、苦痛は第三者の想像に絶する程深刻なものであつたと認められ、之により同人はその後、半年有余に及び精神的に虚脱状態になり、身体的にも健康を害し病臥していた程で、その打撃が如何に大きかつたかを窺うことができる。然し乍ら他面に於て、同人は倖にも、昭和三十年七月後妻を娶り、新生活に入り、漸く精神的に立ち直つた事情にあることが認められる。次に、本件が強盗殺人なる兇悪な犯罪であることに基因して、当時新聞紙の報道等により一般社会人心に及ぼした影響の甚大なものがあつたことは当裁判所に顕著なところである。
以上、本件に於ける情状の諸点について考察して来たが、その中特に犯行の動機、殺害の経過並に方法、犯行後の心情、被害者の家族及び一般社会に与えた影響等の事情を考慮するときは、その犯罪の情状は洵に重いものがあり、当裁判所は原審が考える以上遙かに情状の重いものと判断するものであるが、他面、被告人が犯行当時辛じて少年法の適用年齢を超えた若年の者であつたことは本件の量刑上情状として十分に考えられなければならない。勿論、被告人は当時少年ではなかつたから少年法の適用を受けるものではないが、少年法が少年に対しては死刑を科しないと言う精神は考慮に値する。即ち、少年は思慮分別の十分に生育していないものであり、又将来に於て矯正の余地があり、社会有用の者に転化する見込のあることにより極刑を科しないと言う基本的観念は、漸く成年に達した許りの被告人に対しても、その量刑上の情状として十分に考慮されねばならない。その外に、前記の如く、被告人として責任を負うことのできない、被告人の生育した生活環境が甚だ好ましくなかつたものであること、殺人の犯行は偶発的のものと見るべきことを参酌するときは、本件については死刑を選択することは躊躇せざるを得ない。
固より、強盗殺人罪の如く、死刑と無期懲役の二者択一的の法定刑のものについては、検察官所論の様に、抽象的理論としては、情状の重いものに対しては死刑を選択し、軽いものに対しては無期懲役を選択すべきものであると言うことができるであろうが、情状重いものの極限とその軽いものの極限とを想定し、、両者の境界をその中央に置き、二者択一の量刑をなすが如く安易に考えるべきものではない。実定法における死刑の存在を認識し、場合により十分之を選択すべきものとする立場に立ち本件についても死刑を選択すべき若干の理由を持ちながら、なお本件に於て軽きに従つて被告人を無期懲役に処すべきものとする結論に到達したものである。
仍て、結局に於て被告人に対し無期懲役を科した原判決は相当であつて、検察官の本件控訴は理由がないから之を棄却すべきものとし、刑事訴訟法第三百九十六条に則り、主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 伊藤淳吉 裁判官 梶村謙吾)